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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)168号 判決

原告 アルマ・ヘルム・アガジヤン

被告 東京国税局長

訴訟代理人 松沢智 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

「被告が亡ウオルター・ヘルムの相続人たる原告に係る相続税の徴収のため昭和四三年九月一四日別紙目録記載の物件に対してした差押処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文同旨の判決

第二原告の主張

(請求原因)

被告は、原告が亡ウオルター・ヘルムを相続したことによる相続税についての更正処分に基づく滞納処分と称して、昭和四三年九月一四日原告所有にかかる別紙目録記載の物件を差し押えた。

しかし、原告は昭和三七年頃以降アメリカ合衆国に居住しており、被相続人ウオルター・ヘルムに係る相続税について更正処分の通知を受けたことがないし、その納付の督促状の送付を受けたこともないから、右差押えは違法たるを免れない。

(被告の主張に対する反論)

原告は、本件相続税について、フアクトマン・ベローズの両名またはそのいずれかを納税管理人に選任したことはないし、その旨の追認をしたこともない。原告は、他の共同相続人とともに、昭和三七年五月二五日新家好二を納税管理人に選任し、同人が本件相続税の申告書を作成したが、その提出にあたりフアクトマンらが納税管理人として署名したのは、同人らの誤解によるものである。被告主張の更正処分に対する不服の申立は右新家の指示によつてなされたもので、その他フアクトマンらの行動はすべて右新家の指示のままになされたにすぎない。右新家が更正処分の通知書の交付に立ち会つたことは否認する。また、被告の表見代理の主張は争う。

第三被告の答弁および主張

一  被告が原告所有の別紙目録記載の物件に対しその主張のような差押え(以下「本件差押え」という。)をしたことは認める。本件差押えに至る経緯は次のとおりである。

日本国籍を有するウオルター・ヘルムが昭和三七年二月二八日横浜市中区山手町一〇八番地において死亡し、同人の母ルイース・ヘルムは相続を放棄したので、姉マーガレツト・ヘルム・ストーンおよび原告、妹ガートルート・ヘルム・ウエブスターおよびリリアン・ヘルム・バーナードの四名が同人の相続人となつた。このうち、バーナードは日本に居住していたが、原告を含む他の三人はいずれもアメリカ合衆国に居住していた。

M・V・フアクトマン・S・G・ベローズの両名は亡ウオルター・ヘルムの遺言により指定された遺言執行者に就職した者であるが、右両名(以下「フアクトマンら」という。)は、同年八月三一日右相続人四名の納税管理人たる資格において横浜中税務署長に相続税の申告書を提出した。その申告にかかる税額は相続人一人につき二八二万六、五六〇円であり、いずれも昭和三八年一月二八日までに完納された。

横浜中税務署長は、右申告に対し、昭和四〇年八月三〇日付で、相続人一人につき税額六三八万五、五二〇円の増額更正をするとともに、三一万九、二五〇円の過少申告加算税の賦課決定(以下「本件更正処分」という。)をし、その通知書を同日横浜市中区山下町五三番地ヘルム・ブラザーズ・リミテツド内においてフアクトマンらに交付して送達した(ただし、バーナードに対しては、本人に交付して送達した。)。

原告は、他の相続人三名とともにフアクトマンらを代理人として、同年一一月一〇日同税務署長に対して本件更正処分に対する異議の申立をし、これが棄却されるや昭和四一年五月一八日被告に対し審査の請求をしたが、被告は、昭和四二年四月二五日これを棄却した。右棄却の決定書および裁決書は、いずれもフアクトマンらに郵送して送達された。

本件更正処分にかかる相続税の納期限は昭和四〇年九月三〇日であつたところ、原告が右期限までにこれを完納しなかつたので、同税務署長は同年一〇月一一日その納付の督促状をフアクトマンらに送付したが、なお納付がされないため、被告において本件差押えをするに至つた。

二  上記のように、本件更正処分および督促状の送達は、フアクトマンらに交付または郵送してなされたのであるが、これらは、次に求べるとおり、原告に対する送達として効力を有するから、本件差押処分は確定した租税債権に基づき適法になされたもので、原告主張のような違法はない。

(一)  フアクトマンらは原告により本件相続税の納税管理人に選任されていたものである。このことは、原告が日本国内に住居を有しなかつたこと、フアクトマンらが、本件相続税の申告のほかに亡ウオルター・ヘルムの昭和三七年分所得税の確定申告書をも提出しており(同人の死亡後における申告であるから、法律上は同人の相続人たる原告らに代つて申告したことになる。)しかも、右各申告にかかる税額は、原告らから異議の申出もなく完納されていること、フアクトマンらは、原告に異議の有無を照会したうえで、その指示に従い本件更正処分に対する異議申立および審査の請求をしていること、原告以外の三名の相続人もフアクトマンらを通じ本件相続税の申告・納付、更正処分に対する不服申立をし、その後更正処分にかかる税額を完納していること、フアクトマンらが亡ウオルター・ヘルムの遺言執行者たる立場にあつたことなどの諸般の事情から明らかというべきである。

(二)  かりに、原告がフアクトマンらを納税管理人として選任した事実がないとしても、原告は、本件更正処分通知書および督促状が送達された後、フアクトマンらを自己の納税管理人として追認した。すなわち、前項記載の諸事情があるうえに、原告とフアクトマンらとの間には本件更正処分に対する不服申立に基づく審理の過程において数回にわたり文書の住復がなされ、また、原告はフアクトマンらを通じて自己の言分を述べた書画を提出しているのであるが、これらによれば フアクトマンらの権限についてはなんら触れることなく、もつぱら処分の内容(課税標準の額)についての不服を申し述べているのであるから、フアクトマンらは原告によつて納税管理人たる地位を追認されたものということができる。

(三)  フアクトマンらは、亡ウオルター・ヘルムの遺言執行者たる資格においても、本件相続税の申告および本件更正処分通知書受領の権限を有していたものである。すなわち、遺言執行者は相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し(民法一〇一二条)、相続人は相続財産の管理・処分をなしえない(同法一〇一三条)のに対し、相続人は相続の開始を知つたときから六月以内に相続税の申告をしなければならず(相続税法五五条)、その申告に対しては更正もなされうること、また、相続税は相続財産に関する費用として相続財産の負担となる(民法八八五条)ことから考えれば、少なくとも相続財産の分割によつて遺言執行者の任務が終了するまでの間は、相続税の申告をし、かつ、これに対する更正処分の通知書を受領する権限を有すると解すべきである。そして、本件相続財産の一部が分割されたのは昭和四〇年一二月二二日であるから、本件更正処分通知書の送達は有効である。

(四)  前記の各主張が理由がないとしても、(一)・(二)項記載の各事実およびフアクトマンらが本件相続税の申告前からすすんで所轄税務署に出頭して係官から指示を受け、あるいは本件更正処分に対する異議申立後係官の調査に応答したことなどから明らかなように、横浜中税務署長は、フアクトマンらが原告の代理人として、申告書の提出のみならず 更正処分の通知書を受領する権限を有しているものと信じたのであり、かつ、かように信ずるにつき正当な事由があつたのであるから、表見代理の法理により、本件更正処分通知書の送達は原告に対して効力を有するというべきである。

(五)  かりに、以上の各主張が理由がないとしても、本件更正処分通知書の交付は、原告が自己の納税管理人に選任したと主張し、かつ、本件相続税申告書の作成に関与した公認会計士新家好二の立会のもとになされ、同人はその場で本件更正処分の内容を了知したのであるから、本件更正処分は原告に対して効力を生じたものとして取り扱つてもなんら違法ではない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

被告が、亡ウオルター・ヘルムの相続人たる原告に係る相続税についての更正処分に基づく滞納税額の徴収のため、昭和四三年九月一四日原告所有にかかる別紙目録記載の物件を差し押えたことは当事者間に争いがなく、昭和三七年二月二八日ウオルター・ヘルムの死亡により原告とマーガレツト・ヘルム・ストーン、ガートルード・ヘルム・ウエブスター、リリアン・ヘルム・バーナードの四名が相続人となり、遺言によつて指定されたM・V・フアクトマン、S・G・ベローズこと美露寿精治の両名(フアクトマンら)が遺言執行者となつたこと、原告が横浜中税務署長に右相続税の税額を二八二万六、五六〇円と申告したところ、同税務署長は、昭和四〇年八月三〇日税額を九二一万二、〇八〇円(増加税額六三八万五、五二〇円)と更正し、あわせて過少申告加算税三一万九、二五〇円を賦課する処分(本件更正処分)をし、同日その旨の通知書をフアクトマンらに交付し、さらに、同年一〇月一一日原告に対し右増加税額および加算税額の納付を督促する督促状をフアクトマンらに郵送したことは、原告において明らかに争わない。

被告は、フアクトマンらは原告の納税管理人であつたと主張するので案ずるに、いずれも成立に争いのない乙第一、第二号証、同第四ないし第九号証、同第一一号証、甲第二、第四号証、証人新家好二、S・G・ベローズこと美露寿精治、池田四郎の各証言を総合すると、亡ウオルター・ヘルムは戦前から横浜市に居住し、商事会社ヘルム・ブラザーズ・リミテツドの大株主としてこれに関係していたこと、フアクトマンと美露寿が亡ウオルター・ヘルムの遺言執行者に指定されたのは、右両名が故人の古くからの親友であり、ことにフアクトマンはヘルム・ブラザーズ・リミテツドの経営にあたつていたという事情によるものであること、ウオルター・ヘルムの死亡当時同人の親族で日本に居住していたのは妹のバーナードのみであり、母および原告を含む三人の姉妹はいずれもアメリカ合衆国に居住していたこと、公認会計士兼税理士の新家好二は、かねてヘルム・ブラザーズ・リミテツドの経理・税務に関与しており、亡ウオルター・ヘルムとも親交があつた者であるが、フアクトマンらは、原告を含む相続人らの希望に従つて遺言執行に関する会計上の事務処理を右新家に委託したほか、原告らの相続税の申告書の作成をも依頼したこと、そこで右新家は、ウオルター・ヘルムの死後間もなく日本に来ていた同人の母および姉のストーンから説明を聞くなどしたうえで原告ほか共同相続人四名の相続税申告書(乙第二号証)を作成し、フアクトマンらは自己の氏名が原告ら四名の納税管理人として記載されている右申告書に署名して、同時に作成されたウオルター・ヘルムの昭和三七年分所得税についての確定申告書(乙第一号証。納税管理人欄にフアクトマンらの署名がある。)とともに、横浜中税務署長に提出したこと、同税務署の所部職員から本件更正処分の通知書の交付を受けたフアクトマンらは、原告および米国在住の他の二名の共同相続人に処分の内容を通知し、これらの者の求めによりその代理人として異議の申立および審査の請求をしたこと、その審理の過程において原告らはフアクトマンらを通じて異議の理由を陳述した書面を審査庁に提出したが、その要旨は、本件相続税の申告および本件更正処分が有効になされたことを前提として相続財産の範囲および価額を争うものであつたこと、原告ら共同相続人のうちバーナードのみは本件更正処分通知書を直接に交付されたが、その際同人は、相続に関する一切の事柄はフアクトマンらに委せているからと称して、係官の持参した文書使送簿に認印することを拒んだこと、の各事実を認めることができる。そして、原告を除く相続人三名が更正された税額を完納している(原告も、申告にかかる税額は納付している。)ことは、原告において明らかに争わないところである。これらの各事実を総合すると、原告が本件相続税の申告書の提出その他これに関して必要な一切の事項の処理を、他の相続人三名とともに、被相続人の遺言執行者たるフアクトマンらに委任していたことを推認するに十分であり、したがつて同人らは原告らの納税管理人たる地位を与えられていたものというべきである。この点につき原告は、フアクトマンらではなく新家好二を納税管理人に選任した旨を主張するけれども、これを認めるに足る証拠はないばかりか、同人の作成した申告書(乙第二号証)にフアクトマンらが原告らの納税管理人である旨明記されている一事をもつてしても、原告の右主張の失当たることは明らかである。

ところで、原告のように、本邦内に住所および居所を有しない納税者にあつては、納税申告書の提出その他国税に関する事項を処理する必要があるときは、当該事項を処理させるために納税管理人を定めなければならず、かつ、これを定めたときは、所定の方式によりその旨を所轄の税務署長に届け出なければならない(昭和四五年法律八号による改正前の国税通則法八九条、同法施行令三二条一項)。そして、納税管理人があるときは、税務署長等が法律の規定に基づいて納税者に発する書類は納税管理人の住所または居所に送達するものとされている(同法一二条一項但書)。これを本件についてみるに、証人美露寿精治の証言によれば、フアクトマンらを納税管理人に選任した旨の正規の届出が原告からなされていないことは明らかである。しかしながら、納税管理人の選任およびその届出は、前叙のように納税者たる原告の義務に属するところであり、届出をとくに要求した法の趣旨は、主として税務処理の便宜をはかるにあると解されるから、叙上の認定のように、原告らから相続税の申告書の提出その他これに関して必要な一切の事項の処理を委任されたフアクトマンらが納税管理人たることを表示した申告書を提出し、税務署長において届出手続の欠缺をあえて問うことなく、真実同人らが納税管理人に選任されているものと認めて申告を受理し、その後の手続を進めた場合に、右委任をした原告が自己の懈怠した届出手続の欠缺を理由に納税管理人の地位を否定することは、許されないところと解するのが相当である。したがつて、フアクトマンらを原告の納税管理人としてなされた本件更正処分通知書および督促状の送達は適法になされたものというべきである。

よつて、本件更正処分の無効(租税債務の不成立)および滞納処分の前提としての督促手続の欠如を理由に本件差押処分の違法をいう原告の主張は理由がなく、原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 横山長 園部逸夫 南新吾)

(別紙物件目録省略)

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